最高裁判所第二小法廷 昭和31年(あ)530号 判決 1960年3月04日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
被告人両名の弁護人西村卯、同折居辰治郎および同高橋良祐の各上告趣意は末尾添付の別紙書面記載のとおりである。
弁護人西村卯の上告趣意第一点および同高橋良祐の上告趣意について。
所論は原判決の憲法第三八条、刑訴三一九条違反を主張する。しかし、憲法三八条二項または刑訴三一九条一項にいう「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白」か否かは、唯だ拘束の期間の長短によって抽象的に判断さるべきことではなく、犯罪の個数、種類、性質、共犯者その他関係人の数、事件の繁簡、取調の難易等諸般の事情を考慮して、具体的に、これを決すべきものであることは、既に、当裁判所大法廷判例の趣旨とするところである(昭和二二年(れ)第三〇号、同二三年二月六日大法廷判決、集二巻二号一七頁、昭和二二年(れ)第一四二号、同二三年二月六日大法廷判決、集二巻二号三二頁、昭和二六年(れ)第二五一八号、同三〇年四月六日大法廷判決、集九巻四号六六二頁、等参照)。記録によると、本件は犯行後かなり年月が経ってから逐次発覚したもので、犯罪の数も多く、関係者の数も少からず、事案の性質からみても、その取調は容易でなかったことが窺われる。このように複雑な事件にあっては、たとえ被告人らの自白がその逮捕または勾留後所論のような日数を経た後になされたものであっても、これをもって直ちに不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白であるということはできない。また、検察官が或る事件について起訴勾留の手続をとった後、右勾留中の被告人を他の事件の被疑者として取調べたとしても、検察官において初めからその事件の取調に利用する目的または意図をもって、ことさらに或る事件を起訴し、かつ不当に勾留を請求したものと認められない場合には、右取調をもって、直ちに自白を強制し、不利益な供述を強要したものということができないことは、当裁判所大法廷の判例とするところであり(前示昭和二六年(れ)第二五一八号事件の判決)、本件取調が右のような不当なものでなかったことはもちろん、記録を調べても、被告人らの自白の任意性に疑をはさむべき証跡は、何ら存しない。従って、所論違憲、違法の主張は採用できない。
弁護人折居辰治郎の上告趣意第一点について、
所論は判例違反をいうけれども、引用の判例は、農地委員が買収手続完了後買収除外の請託を受け、その報酬として金員を収受した事案についてのものであり、原判示第二によれば、本件は、農地委員会書記兼事務局長たる被告人井出において、菅原清助より、既に国に買収され、及川恒輔に売渡しとなった農地を買戻し、再度取得できるよう便宜な取計いありたき旨の請託を受け、その報酬として金員を収受したというのであるから、右判例は本件の場合と事案を異にし適切でなく、同被告人の右所為につき職務関係が認められることは、後にも述べるとおりである。従って、所論判例違反の主張は採るを得ない。
弁護人西村卯および同折居辰治郎の各上告趣意第二点について。
所論は判例を引用している箇所もあるが、帰するところは、事実誤認、法令(訴訟法を含む)違反の主張であって、いずれも、上告適法の理由とならない(原判示第一ないし第六の各犯罪事実は、その挙示する関係諸証拠によってこれを肯認することができる。原判示第一の事実が刑法一九七条一項後段の収賄罪を構成するとした原判断は正当であり、従って、これが公訴時効の完成を主張する論旨は失当である。また、贈収賄罪における職務は、当該公務員の職務執行行為のみでなく、これと密接な関係のある行為、いわば準職務行為または事実上所管する職務行為をも含むものであるから、原判決が判示第二ないし第六の各事実につき原判示のごとき諸般の事実関係を認定の上被告人らの職務関係を肯定したのは相当である。昭和三〇年(あ)第四一〇七号、同三一年七月一二日第一小法廷決定、集一〇巻七号一〇五八頁参照。なお、原判示第三および第四は刑法一九七条一項後段の収賄罪の判示としても何ら欠けるところがない。)。
弁護人西村卯の上告趣意第三点について。
所論は量刑不当の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。
同第四点について。
所論は論旨第一点ないし第三点の総括であり、従って、これに対する判断も、既に、右各論旨につき述べたとおりである。
なお、記録を調べても、本件につき、同四一一条を適用すべき事由ありとは認められない。
よって、同四〇八条に則り、裁判官全員一致の意見で、主文のように判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田 克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)